たれ目の日乗。〜ないものをねだりたい〜
私はたれ目である。目尻は今も垂れている。
ゆえに様々なことを散々に言われてきた。
「何ニヤニヤしてんだ」
「負けたんだぞ。悔しくないのか!」
「お前なめてんのか」
もちろん目尻に罪はない。私の中の何かが、それらの言葉を誘発しているのだろう。
鋭い眼光を携えていればどんなに良かったことか。なんていうことを20代半ばくらいまでは思っていたが、もはやどうでも良くなりつつはあって、でも左右のそれを鏡で見れば以前よりその端が、そして目頭から? 垂れている? いや垂れている。絶対に。
人生、行けるころまで行ってみたいとまた感じはじめた私の心は、それを引き上げるか。引き込むか。その手綱の強度への信頼はどうか。
誰に頼まれて書いているわけでない文章。
誰かに届けようともしていない無目的な文章。
読んだ人の毒にも薬にもならない文章。
でも、誰かに読んでもらいたい。
いま、鏡の前に立ってみれば、私を見る眼光はさほど垂れていない。その瞳の持ち主は私らしい。
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