八重洲、その愛

私は夜行バスで上京した。

政令指定都市にあるバスセンターを出て、およそ11時間後に着いたのが東京駅。八重洲口である。

おのぼりさんの脳内にはレンガ駅舎のイメージで溢れかえっていたものだから、バスを降りて見た東京駅にはひどくがっかりした。

なんだこの商工センターみたいな建物は! ボイラー技士検定の講習やるところじゃねえか!

いかにもB面。明らかに二軍。もはや勝手口。そんな印象たちを両手いっぱいに抱えたのだった。

それから数年後、そこは変貌することになる。

その八重洲を見たときは、そらたまげました。まるでタイムスリップだもの。

昭和から、一気に21世紀然として、何やTOKYOという感じの、ハイパーギャラクティカステーション。まるで銀河鉄道の地球始発駅。

それまでレンガ駅舎を愛し、二重橋の方へ万歳したくなるほどそこへ行くのが好きだったのだけれど、いまやもっぱら八重洲党。

丸の内でアヒージョでワインなんてどうかしている。八重洲だろう。おでんだろう。ポン酒だろう。

さて帰路となれば、かのハイパーギャラクティカウルトラ秘密基地だ。

地下に潜る前にそこを見れば、今夜も遠くへ行く人たち、あるいは帰ってゆく人たちがバスに乗り込んでいる。

バスだって、そのうち銀河のあちこちに停留所ができるのだろうナ。

そういえば上京当日、バスセンターへ行くためのバスに私は乗った。

バスに乗るためのバスに乗るというのが、妙に引っ掛かった記憶がある。

間抜けな感じを覚えたのだけれど、田舎が八重洲につながっていることにいまは感慨深く思う。

八重洲口にこそ、日本人の魂があるのではなかろうか。

B面にこそ真実があるのだ。

二軍にこそ未来があるのだ。

勝手口にこそ愛があるのだ。

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